お侍様 小劇場

   “二百十日” (お侍 番外編 121)



窓の外のどこか遠くで、何かが転がる音がした。
由緒のある古いそれだが、手入れの行き届いた屋敷だ、
家が軋むような物音が全く立たなかったせいで忘れていたが、
そういえば、
すぐ南の海まで大きな台風が迫っていると、
ニュースで言っていたような。

 「  ……。」

体内に籠もった熱に炙られているせいで、
ぼんやりとしていた意識のまま、
そんな取り留めの無いものへと注意が逸れかけたものの。
ほんのすぐ間近で、

  ……はあ、と

声にならない、だが、
くっきりと隠しようのない吐息の気配が
落とされたことへ気がついて。

  …………………あっ、

淫らな熱に炙られ続け、
今にも手放しかけていた意識に別の熱が灯る。
熱というよりも灯火のような、
身をおく閨の薄暗さにさえ 届いたような、
そんな冴えた明るみが、
曖昧になりかけていた意識へ囁きかけてくれた。
そんな気がした七郎次であり。

 “…か、んべえさま。”

息の上がる気配や汗の感触、
そこへ入り混じる男臭い匂いを
少しでも感じられたことへ、


  ああ良かったと ほっとする。
  少しでも悦いと思って下さったのだと、
  やっとのこと嬉しくなる……。




久し振りの逢瀬で、とはいえ、無理強いされた訳じゃない。
余程に苛酷な務めのあとだったか、
何かを忘れたいとか、何も考えたくは無いからと、
時にのめり込むような求めをされることもあり。
そういう時もまた、
この身で落ち着いて下さるなら、
いくらでも甘えて下さればいいと
理不尽な八つ当たりをして下さってもかまわないと、
いつだって思っているのだし。

 “そのための我が身だとまで、卑屈なことは思わぬが、”

 ただ。
 どんなにお辛い時でも、
 こちらへの気遣いをばかり下さる、
 そんな優しさが却って哀しい、
 それはそれは懐ろの尋の深き御主様。

旧諏訪の支家の直系とは言え、
まだ年若で、しかも所属する支家もないがため、
現実にはどこの実行部隊とも縁故を持たぬ身で。
よって、先々でも恐らく、
前線へ立つ武力としての“名乗り上げ”が出来ない自分は、
せめてこういう形で…と思うしかなくて。
同じ男でもまずは惚々する精悍なお顔に見合う、
しっかとした自負に支えられた雄々しさと、
奥深い知性や智慧が無理なく同居した頼もしい表情。
いざ殺気を帯びると
その鋭い視線だけで射殺せるのではないかというほどの、
鬼神の異名に相応しい、激しい威容をまとうそうだが、
今のところは拝見したことがなく。

 ああそうだ、その双腕へ庇い守られている身だもの、
 そんなお顔や気概をお持ちになろうはずがない。

そうまで非力で、何にも持たぬ存在で、
なのに、気を配っていただくばかりな自分。
閨を同じうしていても、拙いばかりで何も出来ない。
女性のそれのように柔らかな胸乳もない、香しい匂いがするでもない。
光を集めたようで気に入りの髪だと言って下さったこともあったが、
それだとて明かりがなければ色も沈んで意味がなく。
愛しい愛しいと睦んで下さる優しい手により、
肌のうちから肉の奥から、こちらばかりが熱を引き出されてゆく。
濡れ紙の上へぽつりと落とされた色水のように、
抗いようのない刺激がじわりと四肢のすみずみにまで広げられ。
間に合わないからと口でする呼吸の音が、
耳元でザアザアと騒いでは、総身を巡る血脈のうねりを急き立てて。

 「う…くぅ……、ぁ…は…っ。」

こちらばかりが取り乱すようでは、何とも申し訳無いものだからと。
息を詰めるようにして堪えていたが、

 「……これ、七郎次。よさぬか。」

愛撫の手を止め、情人の口元へと押しつけられた白い手を覆う。
さほどに明るくは無い中でも判るほど、
もはやくっきりとした歯型が刻まれている指が痛々しい。
日頃は透けるほどに色白のところ、
今はすっかり上気させた頬も艶めいたお顔の中、
吐息に濡らした唇の間へと自分でねじ込んだ指を、
血が出るほど咬む癖がどうしても直せない彼であり。
いやいや、恐らく癖などではないのだろう。
声を出したくはないものか、そうまでして乱れるのが恥ずかしいものか、
熱が感覚が極まるほどに、
そうして自分の指や腕に噛みついては、自分を傷つけるようになった彼であり。
そんなにも嫌なのかと、辛いのかと問うたこともあるが、
ただただ一途に主人を慕い、尽くしたいとする彼のこと、
そんな訊きようで本心が明かされようとは勘兵衛とて思わない。
それに、無理強いへの堪えとも思えぬ…と感じるのは、

 “それこそ私の自惚れなのだろうか。”





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